0.5%の努力の差

ほんの少しの努力の差が大きな結果の差になってしまうことがあります。

楽天の三木谷社長がこんなことを言っています。

“誰もが努力をしているのが、競争社会の前提だ。

クルマでもテレビでも、電気炊飯器でも。

メーカーはどこも、最大限の努力をして、最高の製品を作っているわけだ。

商売だって同じことで、街の喫茶店にしても、レストランにしても、あるいは楽天市場の各店舗にしても。

みんな、それぞれに切磋琢磨し、最高のサービスを提供しようと努力している。

にもかかわらず、実際の製品や、サービスには明らかな差がある。

これは、どういうことだろう。

その差はいったいどこから生まれてくるのか。

僕は最後の0.5%の努力の差だと思っている。

限界まで頑張ることは、誰にでもできる。

限界まで頑張ったその上に、さらに0.5%努力を重ねられるかどうか。

その差なのだ。

完璧に仕事をやり遂げた、これでこの仕事は完成したと思っても、そこで終わりにしてはいけない。

そこから、さらに上乗せする。

たくさんは積み上げられないはずだ。

なにしろやれることはすべてやってあるのだから。

それでも満足せずに、何かを積み上げる。

0.5%でいいから積み上げる。

僅かな差であっても、限界の上に積んだ0.5%は、決定的に大きな差になる。

なぜなら、その僅かの差を敏感に感じ取ってしまうのが、人間の感性というものの性質だからだ。

木綿の布と、絹の布。

どちらが滑らかかは、触ってみればすぐにわかる。

その表面の凸凹を計測したら、その差は0.1ミリにも満たないはずだ。

木綿と絹どころか、同じ絹の布でも、明らかな質の差があるわけだ。

数字で表せば、その差は限りなく0に近い。

けれど、その微かな手触りの違い、あるいは光沢の差、機械ではほとんど計測不可能な差を、大きな差として感じるのが人間なのだ。

そして、その限りなくゼロに近い僅かな差に、千金の値打ちをつけるわけだ。

にもかかわらず、なぜかそこまで意識して仕事をしている人はきわめて少ない。

それゆえに、その最後の0.5%の差が、きわめて大きな差になってしまう。

最後の仕上げが肝心というのはそういうことだ。

0.5%の努力の差。それが、決定的な差になることをいつも意識しよう。”

(三木谷浩史「百戦して勝つ」より)

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