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フレデリック=ダグラスは、19 世紀に黒人奴隷制廃止運動の中心として活躍した人物です。
南北戦争以前の時期の南部における奴隷制のひどさは、想像を絶するものでした。
黒人奴隷の子どもは、通常、生まれて一年以内に母親から引き離され、他の年老いた黒人女性に育てられました。
親子の愛情が芽生え過ぎないように、また、若い女性はすぐに労働力として働かせるためです。
奴隷たちは白人の主人によって鞭で打たれながら働いていました。
ダグラスが最初に奉公に出た家の主人の奥さんはとても優しい人で、ダグラスに文字を教えてくれました。
しかし、そのことを知った旦那が怒り狂い、文字を教えることを禁じられます。
ですが、ほんの少し知った文字を手がかりに、ダグラスは近所の貧しい家の白人の少年たちと友達になり、さらに文字を教えてもらって、アルファベットを覚え、スペルも覚えていき、独学で文章が読めるようになっていきました。
ダグラスは街灯と使い古した教科書で勉強を続けました。
ダグラスは勉強を通じて、白人が黒人を支配する秘訣は黒人を愚かなままにしておくことであり、自由を獲得するためには文字を知り、知識や知恵を身につけることだと気づいたのです。
独学で文字を身につけた後、ダグラスは文字で手に入れた情報を頼りに、奴隷州から自由州への逃亡に成功しました。
次にダグラスの人生を大きく変えたのは、奴隷制廃止を掲げる新聞『解放者(リベレーター)』との出会いでした。ダグラスはこの新聞の定期購読者となり、むさぼるように熱心に、隅から隅まで読みました。
ダグラス自身、後年に『解放者(リベレーター)』と出会ったことで、「私の魂は、火のように燃えあがりました。この新聞は、私の血となり肉となりました。」と述べています。
学ぶことの意味を知ったダグラスは、猛勉強を続け、奴隷制廃止の原理・方法・精神について正確に理解し、思想の基盤を築いていきました。
やがてダグラスは演説の才能を買われ、奴隷制反対協会の専任講演者となり、全国各地を講演して回り、自らも『ノース・スター』(北極星)という新聞を発行し、奴隷制廃止運動の中心的な存在になっていきます。
南北戦争が開始すると、ただちにこの戦争を奴隷解放戦争と見て、奴隷解放宣言の布告をリンカーンに迫っています。
リンカーンは度重なるダグラスとのやりとりの末、奴隷解放宣言に踏み切ります。
建国以来、確固たるものとして存在していた奴隷制度が、1人の男の働きかけによりついに崩壊したのです。
もし、ダグラスが無学な黒人奴隷のままで一生を終えていたら、これだけの偉業を成し遂げることはなかったでしょう。
ダグラスの人生は「勉強することは自由になることである」ということを教えてくれます。
受験生勉強をしていると、「なぜ勉強するのか」という疑問に向き合うことも多くあると思います。
こうした問いと向き合うことは、実は最も大切なことです。
自分なりの理由を見つけていく必要がありますので、答えは無限にありますが、1つの理由としてダグラスのように「自由になるために勉強する」という側面があります。
現代社会を生きる我々も、世の中の仕組みや実態が理解できないと、搾取され、不自由な状態に置かれることになります。
世の中を生き抜いていくことは、大変厳しいことです。
誰かに利用される人生ではなく、自分で生き抜く力を身につけ、世の中を変えていくために勉強するという意識を持ってほしいと思います。