能力にしろ、環境にしろ、何かが足りなくても、挑戦してみるのだという気概が成長には必要です。
「~がなかったから失敗した」「~だからできない」「~があればできるのに」
つい、このような言い訳をしてしまうことがあります。
でも、何でも揃っているのが当たり前ではありません。
できない理由を、自分以外のせいにするという気持ちを断ち切るために、今日はヘレン・ケラーに影響を与えた日本人の話です。
ヘレン・ケラーは、生まれて十九カ月で目が見えなくなり、耳が聞こえなくなります。
見えない、聞こえないということは、言葉が覚えられないということです。
小さなときから、言葉が覚えられないのだからもう知能は発達しないだろう、学習は無理だというのが当時の常識でした。
しかし、ヘレン・ケラーは、家庭教師のサリバン先生の助力もあって言葉を習得し、大学に入学して学び、本を書き、いろいろな国を訪ねて講演もし、皆を勇気づけました。
そんなヘレン・ケラーがある日本人から影響を受けていることはあまり知られていません。
江戸時代の国学者、塙保己一です。
ヘレン・ケラーの母親が、きっとあなたの目標になる人だからと言って塙保己一のことを教えました。
保己一は、江戸時代、埼玉県の農家に生まれ、七歳のときに目が見えなくなります。
母親はとても悲しんで、彼の世話を精一杯しましたが、その母親も、保己一が十二歳のときに亡くなってしまいます。
その後、悲しさに浸る毎日を送っていました。
学問が好きだった保己一は、十五歳のあるとき、和尚さんに勧められ、このままではいけないと思っていたこともあって、一念発起して、文化が花開いていた江戸に行くことを決めました。
当時は、しきたりがあって、目の見えない人は「盲人一座」というところに加入して、頭を丸め、琴や三味線、按摩(マッサージ)の修業をすることになっていました。
保己一もそのしきたりに従って、江戸での修業が始まります。
でも、保己一はそうしたことがあまり好きではない上に、手先も不器用だったので、ちっとも上達しません。
もう絶望して自殺を考えたこともあったといいます。
そうした保己一を見かねた一座の師匠は、「三年間の期限付きで、生活費の面倒を見るから学問に専念してもいい」という計らいをしてくれました。
ただし、「三年間で芽が出なかったら、実家に戻す」という条件はつきでした。
これは学問が大好きな保己一には夢のような話でした。
大喜びで学問に専念し、見事に才能を開花させていきます。
そして、全人生を学問研究に捧げる決心をしました。
もちろん、目が見えないから本は読めません。
誰かに読んでもらって、それをすごい集中力で聴き、覚えていくという方法でした。
こんな話が残っています。
ある方に読んでもらっているとき、ふと見ると保己一は両腕を縛っていました。
どうしたのかと尋ねると、「読んでもらっているときに蚊でもとまって、手でパチンと打ったりしたら、その箇所を聞き逃してしまうから、手を縛っているのだ」と。
聞き取ることに、そこまで本気だったのです。
そんな情熱で、万巻の書を読み、学問の世界で一流になっていきました。
保己一の生涯最大の仕事は、『群書類従』の編纂と発行でした。
保己一には大きな夢がありました。
それは、「日本に古くから伝えられている貴重な書物を集めて、次の世代に伝えていきたい」ということでした。
中国には古い書物を集めた全集などがあるのに、日本にはありません。
このままだと昔からの日本の精神や文化を伝えた貴重な資料がなくなって、取り返しのつかないことになってしまいます。
そうならないように、古い書物を集め、間違いを正して編纂し、出版していくことが必要だと考えました。
それは気の遠くなるような作業です。
そもそも、コピーもパソコンもないだけでなく、出版するには、版木に文字を一字一字彫っていかなければいけない時代だったのです。
目の見えない保己一は、この大事業に取り組む決意をしました。
決意から、なんと四十一年間かけて、この事業は『群書類従』の出版として完成します。
ここに収めたのは、古代から江戸時代初めまでの約千年間に書かれた、貴重な文献、1273点、合計666冊にもなりました。
桜の木に彫られた版木は、17,244枚!
これは現在も保管されています。
この『群書類従』は現在、日本の文化を研究する人には必須の参考文献になっています。
これが、今のようにインターネットやコピーなど便利なものが何もない時代に、目が見えない塙保己一が成し遂げた仕事でした。
ヘレン・ケラーと、塙保己一の二人の生涯を見ると、「~だからできない」「~だからもうだめだ」なんて簡単に言うのがいかに恥ずかしく、自分を駄目にすることかがわかります。
同時に、「~が不足している」「~が悪いから」と、環境や人のせいにする、言い訳をする、すぐにあきらめるという、自分ができないことを他のせいにするということがいかに愚かなことかがわかります。
「不足」「不遇」を嘆いてはいけません。
人はどんな条件下でも努力をすることによって、自分の志を追求することができるのです。