“「いいから黙って勉強しろ!」と言わないといけない場面て、ほんとうにあると思うんですよ。
でも、「いいから黙って勉強しろ」という断定を基礎づけるロジックを今の現場の教師たちは持っていない。
「いいから黙って」という言葉が物質的な迫力を持つためには、「君には君がなぜ勉強しなればいけないのか、その理由がわからないだろうが、私にはわかっている」という圧倒的な非対称性が必要なんです。
子どもが「あ、この先生は私が『私について知らないこと』を知っている」と実感しないと、「いいから黙って」は奏を効しない。
近代までの幼児教育は基本が素読でしたね。
四書五経を暗誦させる。
明治の始めころまでは教育といえばまずそれだった。
吉田松陰が叔父の玉木文之進から素読を習うときの逸話が司馬遼太郎の小説に出てきますが、松陰がまだ小さい頃、田んぼの畦道に座らせられて、漢籍の暗誦をさせられる。
玉木文之進が田を耕していて、一畝耕して戻ってくるまでに、指示された箇所を暗記する。
覚えていなかったら張り倒されるという非常に過酷な授業をしたわけです。
いったい何を教えているのかというと、子どもには理解できないような価値が世界には存在する」ということそれ自体を教えているわけです。
「お前が漢籍を学ばなければならない理由を私は知っているが、お前は知らない。」という師弟の知の非対称性そのものを叩き込んでいるわけです。
極端な話、漢籍の内容なんかどうだっていいんです。
子どもに「手持ちの小さな知的枠組みに収まるな」ということを殴りつけて教え込んでいる。
子どもに「オープンエンド」ということを教え込んでいる。
それさえわかれば、あとは子ども自身が自学自習するから。
松陰は11歳のときにはもう藩主に御前講義をするところまで知的成長を遂げるわけですけれど、学問を始めてわずか数年でそのレベルに達するというのは、勉強したコンテンツの量の問題ではありません。
どれほど想定外の情報入力が流れ込んできても、まるごと受け止めて、自分自身の知的スキームを組み替えることができるような恐るべき知的柔軟性を松陰が身につけていたということでしょう。
話がやや横道に逸れますけれど、三浦雅士さんがこんな話をしています。
中学校の国語で万葉集や古今集を習う。
意味がよくわからないままに、受験勉強だから丸暗記する。
そのまま何年か経って、ふと風景を見ているときに、「しずこころなく花の散るらむ」とか「人こそ見えね秋は来にけり」なんていう言葉を呟いていることがある。
その瞬間に初めて言葉と身体感覚が一致する。
自分の中に記憶されていた言葉と、それにする身体実感が対になる。
内田樹『最終講義』より
なぜ勉強をするのか、ということについて、いくつもの重要な示唆が含まれているのではないかと、考えさせられる文章です。
手持ちの尺度だけで価値判断をするのは愚かなことです。
逆説的ですが、なぜ勉強をするのかがよくわからないからこそ勉強するのだと思います。
勉強する中で、何事にも通じる真理を発見しようとする姿勢を持ち続けてほしいと思います。