絶望的な状況でも生き抜くことができるたった一つの考え方

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フランクル

フランクルはナチスの強制収容所での生活を生き抜き、解放後、収容所での生活を描いた『夜と霧』を発表しました。

この作品は、現在に至るまで読み継がれ、多くの人に勇気を与えてきました。

フランクルの収容所での過酷な体験を知って驚くのは、人はどんな環境でも生きていくことが可能だということです。

自分の物をすべて取り上げられ、ギュウギュウ詰めのベッドで寝かされても、すぐに眠れるし、一日に300グラムのパンと1リットルの水のようなスープでも生きていけるし、半年に1枚のシャツでもなんとかなるのです。

ただ、先が見えない中、収容所では釈放の期待が裏切られると、急に力尽きて死ぬ人が多かったといいます。

その実例として、釈放される「期日」を希望にした囚人について報告されています。

一緒に監禁されていたその人物は、二月のあるとき、フランクルにこんな夢を見たと話しました。

「夢の中で声が聞こえて、知りたいことは何でも答えてくれるというんだ。そこで、いつ戦争が終わって釈放されるかと尋ねたんだ。そうしたら今年の三月三十日だというんだ」

男の声は希望にはずんでいました。

ところが三月に入っても、戦争が終わる気配はまったく感じられませんでした。

無情にも日は過ぎていき、とうとう三月中に釈放される可能性は絶望的になったのです。

するとその男は、まさに三月が終わろうとする二十九日に高熱を出して発病し、三十日に意識を失い、三十一日に死んでしまったというのです。

死因そのものは発疹チフスだったが、生きる拠り所を喪失したことによる精神的失望が、細菌に対する抵抗力を弱め、その結果チフスに侵されて死んだのだとフランクルは解釈してます。

問題の日付をわずか一日だけ過ぎて死んでしまうのだから、いかに人間の生命力が内面に依存しているか、それを雄弁に示したエピソードです。

他にもフランクルは、 特に悪天候だとか伝染病などが生じたわけでもないのに、クリスマスから新年にかけて大量の死者が出ていることに気づき、その理由として、クリスマスまでには釈放されたいという希望が打ち破られたためではないかと推測しています。

このように、外的な希望は、一時的には励みになるかもしれないが、残念ながら当てにはなりません。

実際、収容所では、もうすぐ解放されるという噂が何回も流れたといいますが、そのたびに裏切られたのです。

「もう人生には、何の期待もできない。人生に生きる意味はない」

こうして、精神的な支えは崩れていき、彼らは絶望のどん底に追い込まれていきました。

でも、極限の状態では、精神的な支えを失ったら生きていけないのです。

押し寄せる圧倒的な絶望感と戦い続けた希望が、ついに力尽きたとき、人も倒れてしまうのです。

ならば、いったいどうしたらいいというのでしょう。

フランクルは、ナチスの強制収容所に一緒に収容されていた二人の人間の自殺を思いとどまらせました。

二人は、「長い強制収容所生活で待っているものは死しかない」と絶望して、自殺をしようとしていました。

そんな二人に対してフランクルは言ったのです。

「未来には、あなたによって生み出される何かが待っている。人生は、あなたがそれを生み出すことを期待している。もしもあなたがいなくなれば、その何かも生まれることなく消えてしまう。人生は、あなたがそれを生み出すことを待っているのだ」

一人には、彼に深い愛情を寄せている子供がいて、外国で彼の帰りを待っていました。

その子にとって彼は、かけがえのない存在でした。

それなのに彼が自殺をしてこの世からいなくなったら、その子はどんなに悲しむことでしょう。

彼には、「その子と一緒に幸せな家庭をつくる」という人生がすでに宇宙のどこかに存在していて、その人生が彼にそれを実際に築いていくことを期待しているのだということを伝えました。

もう一人は科学者でした。彼は、ある科学の本のシリーズを書いていましたが、それは未完のままになっていました。

そのシリーズにとって、たしかにその科学者は自分をこの世に生み出してくれる代替不能の貴重な存在でした。

「彼がその本のシリーズを完成させて、世に送り出す」という人生が、すでに宇宙のどこかに存在していて、その人生の方から、その本のシリーズを完成させることを期待しているのだということを伝えました。

フランクルが独創的なのは、「人生から何を期待できるかではなく、人生から何を問われているか」を考える、という点です。

この考え方をフランクルは、「人生の意味のコペルニクス的転回」と呼びました。

「生きる意味があるのか、と問うのは始めから間違っているのです。人生こそが私たちに問いを提起しているからです。そもそも、苦難と死こそが人生を意味あるものにするのです。生きることはいつでも課せられた仕事なのです」

どんな時も、人生には意味がある。あなたを待っている〝誰か〟がいて、あなたを待っている〝何か〟がある。

そしてその〝何か〟や〝誰か〟のためにできることがある。

こうしたストレートな強いメッセージが多くの人の魂をふるわせ、鼓舞し続けてきたのです。

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