学校で学ぶことは、主に「英・数・国・理・社」の五教科です。
この五教科は、将来「世の中」で生きていくために必要な力を培ってくれます。
この五科目であることが重要なのは、この五科目の中に人類が長い歴史の中で試行錯誤してきた過程が凝縮されているからです。
異文化との交流の中で磨かれ、形成されてきた言語や、歴代の名だたる天才たちが一生をかけて発見した法則や、たくさんの犠牲を出しながら人類が築いてきた共存共栄のための知恵は、試行錯誤の結晶です。
こうした人類が継承してきた文化遺産について学ぶことで、普遍的な力が身についていくのです。
すぐに役に立つことを勉強しても、すぐに役立たなくなってしまいますが、この五科目で身につけた力は社会で生きていくうえで必要となる普遍的な力です。
たとえば、すぐに役に立つものだけ勉強すればいい、と思ってパソコンを一生懸命勉強しても、将来大人になる頃には、パソコンの性能が良くなって、勉強した技術は役に立たなくなってしまうでしょう。
ですから、勉強することにおいて目先の、「役に立つ」、「役に立たない」というのは、あまり関係がないのです。
微分積分なんてやって役に立つのか、古文なんて何の役に立つのか、と考えることがありますが、学校で勉強することは目先のことではなく、その人の一生を支えてくれる力になります。
たとえば英語は、自分とは立場の異なる他者を理解するための教科です。
英語を話したり、英文を読解したり、英文を組み立てたりすることで、自己の文化との相違点について考え、立場の異なる他者を理解する力を培っています。
数学は、本質を見極めるための教科です。
与えられた条件を分析し、シンプルに思考を整理して問題を解いていくことで、本質を見極める力を培っています。
国語は、論理や感性の教科です。
現代文・古文・漢文を読むことで、主に「文章を読み取り、意味を理解する能力」や、「相手の気持ちを感じ取る感受性」を培っています。
理科は、世界を支配する法則性を発見する教科です。
歴史上の天才たちが行なった実験や観察の試行錯誤を追体験したり、法則を発見した思考の過程を追体験することで、「法則性を発見する力」を培っています。
社会は、現在の社会がどのようにして形成されたかを知るための教科です。
歴史上起こった様々な出来事から、自由・平等・平和の価値を知り、それを現在の社会において実現していくための力を培っています。
こうした普遍的な力は、人間が社会生活を営み、社会を発展させていく上で不可欠な力です。
Easy come easy go.
(すぐに手に入るものはすぐに去っていく)
目先のことにまどわされず、より普遍的な力をつけていくために勉強するという姿勢を持つようにしましょう。