梅原大吾さんというプロのゲーマーがいます。
「勝ち」と「負け」、そして「勝ち続けること」についておもしろい考察をしています。
以下は、梅原さんの本からの引用です。
“「勝つ」の反対語はもちろん「負ける」だが、「勝ち続ける」という言葉の反対は、挫折になるのではないだろうか。
この間には、大きな違いがあるように思う。
何らかの「負け」を経験することで、自分には才能がないとか、もう芽がないと思う。
だから続けることをやめ、諦める。
そしてその先は、「諦めてしまった自分」「投げ出してしまった記憶」を背負いながら、「自分は負けたのだ」と感じながら生きていく。
本当につらいことだと思う。
「勝つ」と「負ける」、そして「勝ち続ける」とは何なのかを、自分なりに定義してみてほしい。
そして、なぜ勝ち続けることが大切なのか、勝ち続けることによって何を得られるのかを、じっくり考えてほしいのだ。
勝負をする以上、基本的には勝つことを目指すし、勝ちにはこだわっていきたい。
しかし、本当は、他人に勝つことではなく、成長することが勝利である。
格闘ゲームで勝ち続けている人は、決して目の前の相手を倒すことだけに関心があるわけではないと思う。
少なくとも僕自身はそうだ。
常に目を切らさないようにしているのは、自分自身の成長である。
そして、自分が成長の軌道に乗っているかどうかの確認作業だ。
僕が「勝ち続けている」と感じるのは、普通の人から見た勝ち、負けと、僕が考える「勝ち続ける」では、意味や価値が違うからだ。
あるゲームに僕が負けたとする。それは文字通り「負け」だし、僕も「ああ、負けてしまった」と思う。
失敗やヘマをすることもある。
でも、そのことによって僕が「勝ち続けていること」が終わったとはまったく思わない。
その基準は、自分が変化しているかどうか、つまり、成長しているかどうかだからだ。
あるゲームに負け、反省をし、自分の中に良い変化、つまり成長があれば、それは勝ち続けられている状態にある。
反対に、負けたことで腐り、ふてくされたり、たまたま運が味方して勝ったことで浮かれ、そこから何も受け取らずに成長しなかったりすれば、変化がない以上「負け」なのだ。
表面的に勝つか負けるかは、より高いレベルの勝負になればなるほど、運に左右されることが多くなる。
だから、僕が言う「勝ち続ける」とは、決して表面上の連勝、あるいは「100戦100勝」のような状況では絶対にないことをまず知ってほしい。
むしろ、連戦連勝、100%勝ちたいなどと望むのは、病気に近い危険な発想だと思う。
あるいは、魔法や超能力が使えるようになりたいというような、無邪気で無茶な希望に近い。
ある時点での結果、短期的な勝敗と、僕の言う成長の関連性を図にしてみると、例えばこんなイメージになる。(図①)

白星は勝ち、黒星は負けを意味する。
ある勝負では、白星が付いたり、黒星が付いたりする。
しかし、白星だからといって、成長が得られないこともあるし、黒星でも大きく成長できることもある。
勝負である以上、白星であるにこしたことはないが、本当の問題は、それらが連続的に自分の成長につながっているかどうかだ。
大きな矢印が右肩上がりでいるかどうかである。僕は、この状態を「勝ち続けている」と考える。
成長してより高いレベルで勝負できるようになっても、対戦相手の実力より強くなっているから、必ずしも単純に白星が増えるわけではない。
実力はついているのに、単に白黒の並びだけを見れば、むしろ変わらないこともある。
一般の人は、星の色しか見ないから、なかなか「あの人は勝ち続けている」とは直感的に理解してもらえない。
得てして自分で見ていくしかないものだ。
僕は、自分自身の現状をこうした形で把握しているかどうか、そして、誰に何と言われようと自分が成長し続けていて、右肩上がりでいることを信じられるかどうかもまた、大切な能力だと考えている。”
梅原大吾「勝ち続ける意志力」(小学館新書)