戦国時代の中国を描いた漫画『キングダム』の中で最も名シーンだと思うのが、後に秦の王となる政(せい)が、趙を脱出して秦に帰る際のエピソードです。
幼少の頃、敵国である趙にとり残された政は、趙の民から憎悪の感情を一気に向けられ辛い生活を送っていました。
心を閉ざし何も感じなくなっていた政が、たまたま出会ったのが紫夏(しか)という商人の女性でした。
紫夏は依頼を受け、政が趙を脱出するための手助けをします。
政が逃げたことが発覚したため、政を捕えるための追手が迫ります。
趙兵に狙われる政を、自分の身を挺し護り抜く紫夏。
必死になって自分を守ろうとする紫夏を見て、政ははじめて光を与えられました。
そして、このエピソードの背景には、孤児だった紫夏を育ててくれた義父から受けた恩恵と、最期の言葉がありました。


“恩恵は全て次の者へ。
私の命も幾人かの命によって救われてきた。
その恩を余さず、お前たちに注いだつもりだ。
お前がこの先、他人のために何かできたら、それは私にとっても大きな意味を持つ。
どんなに些細なことでもいい……。
受けた恩恵を次の者へ。
そういうものだ。紫夏。
そうやって…、人はつながっていく。”
趙兵の追撃によって、紫夏は深手を負い、亡くなってしまいますが、そのおかげで政は助かります。
こうして政は人を信じることができるようになっていくのです。
この話は『史記』や『戦国策』には記述がなく、『キングダム』のオリジナルのエピソードです。
人の想いというものがどのように継承されていくのかという歴史における最も本質的な話であり、キングダムという作品の根幹に関わるエピソードです。
この話は、主人公の信(しん)が大将軍をめざすきっかけとなった王騎(おうき)が、死に際して自分の矛を信に託すエピソードなど、多くのシーンに関連しています。
亡くなった人たちの想いを継承していくという話が、繰り返し描かれる起点となっているのが、この紫夏のエピソードなのです。
人には必ず死が訪れますが、その人の想いは不滅であり、永遠のものであることを教えてくれます。