どういう授業が良い授業なのか、ということをいつも考えています。
過去に多くの先人たちが探究してきたように、「座学の学び」と、「体験型の学び」のどちらが正解かというのは「ない」です。
どちらも正解ですし、大切な学び方です。
「詰め込みこそが真の教育なのだ」というのは正しいですし、「実践の中で生きた知識を身につけさせることが真の教育なのだ」というのも正しいです。
(ちなみに特に社会科教育で言われることですが、「覚えること」と「理解すること」がどちらが大切、というのも「ない」です。どちらも大切です。)
世の中の議論は「どちらが大切なのか?」という方向に偏り過ぎているのではないかと思います。
体験型の学びが、アクティブラーニングと呼ばれるのも違うのではないかと考えています。
座学の学びであったとしても、生徒の頭の中が活動的になり、その中で学びが得られていれば、それはアクティブだし、ラーニングです。
逆に、体験型の学びであったとしても、頭が動いていなければ、体はアクティブな状態かもしれませんが、頭はラーニングの状態ではありません。
どんなかたちであれ、授業は双方向でつくっていくものだと考えています。
ミュージシャンのライブと同じように、一緒に盛り上げていくものです。
ライブに参加したことがある人はわかると思いますが、その場の一体感のようなものを全員で作り上げていくものです。
反応がたくさんあるというのはもちろん理想ではありますが、大人しい生徒がたくさん集まっているクラスもあります。
それでも、その場の空気感で「一緒の世界に入っているか」ということはわかります。
歴史の授業であれば、その時代の人物に感情移入して、自分がその国の、その時代の、その立場にいたら、どのように判断し、行動するか。
国王とか、革命家とか、一般の地主とか、農民とか、考えながら感情を没入していく。
みんながどっぷりと歴史の世界に浸かると、すごいエネルギーが生まれます。
自分は、こういうエネルギーをクラスのみんなで体感できるような授業がしたいです。
大切なのは、どれだけその単元の本質に迫れたか、ということだと思います。
こんなえらそうなことを書いていますが、そんな授業ができたことは20年以上教師をやっていて、これまで数回しかありません。
でも、そんなときは非常に不思議なことですが、「今日の授業はすごい楽しかったです!」、「あのときの授業がすごい楽しかった!」と生徒から言ってもらえます。
これを知ってしまうと、もうやめられません。
私が最初に教師を目指した原点はここにありますし、今でもずっとそんな授業を追い求め続けています。