慶應文学部の小論文攻略のカギは歴史にあります。
自分が学んだ歴史を、課題文に合わせて引用し、論理展開ができるかどうかということが問われます。
今回は2023年の問題を、実際に合格した生徒の答案を使いながら解説していきます。
問題は、「人間の創造性について、この文章を踏まえてあなたの考えを320字以上400字以内で述べなさい。」というものでした。
課題文は「芸術やアートの歴史は、人類の起源にさかのぼること。目に見える世界の向こう側を希求する願望こそが芸術の始まりである」ということを説明しています。
この生徒は受験が終わった後、「先生が授業で言っていたサピエンス全史のことを書きました!」という話をしてくれました。
「なぜネアンデルタール人は滅び、サピエンスだけがこれだけ繁栄をすることができたのか?」ということをテーマにした授業を、しっかり覚えていてくれたことが何よりも嬉しかったです。
このテーマに対する一つの答えは、「認知革命」です。
サピエンスは、フィクションを作り、それを共有することによって飛躍的な進歩を遂げることができたのです。
フィクションというのは、想像によって架空の物語や物事をつくりあげることです。
サピエンスの集落からは「顔がライオンで、身体が人間」の像や、「顔が人間で、身体が鹿」の壁画といった架空の動物を表現したものが見つかっているのに対して、ネアンデルタール人の生活跡地からはそうしたものは見つかっていません。
つまり、サピエンスがフィクションを作ることができたのに対し、ネアンデルタール人はフィクションを作ることができなかったと、ということです。
また、ネアンデルタール人は家族単位で生活をしていた形跡がみられるのに対し、サピエンスは非常に大きな集落を形成して大人数で生活をしていたということがわかっています。
なぜこうした差が生じたのでしょうか。
これがフィクション生成能力の差です。
わかりやすい例として、宗教があります。
「宗教がフィクションだ!」と言うと宗教を信仰している方からお𠮟りを受けそうですが、ひとまずそのことは置いておいて、「同じ宗教を信仰することで、知らない人同士が協力しあうことができる」ということが事実としてあります。
例えば「善行を積めば天国に行ける」というフィクションがあれば、見知らぬ人同士で何十億人が協力して善行を行うことができるのです。
信頼し合えるのは同じ宗教を信仰しているという土台があるからです。
貨幣もフィションです。
お札という紙切れに価値があるのは、みんなが架空の価値を信じ込んでいるからです。
お札がわかりにくければ、昔、貝殻を貨幣にするフィクションを共通のルールとしていたことを考えると良いでしょう。
大切なのは、このフィクションが集団で共有されていることです。
これにより、貨幣を媒介した交換が成立するのです。
貨幣がなかったら大変です。
自分が必要とするものを集めることが非常に困難になります。
自分が必要とするものを持っている人のところにいって、その人がほしがっているものを聞き出し、それを用意しなければならないからです。
貨幣がなければ、多種多様な職種も生まれません。
いろんな職業が成り立つのは、貨幣が給料として支払われる仕組みがあるからです。
他にも、人間社会には「国家」、「民族」、「法律」といった様々なフィクションが存在します。(国家や法律といったフィクションは、それに反するものに罰を与えることによってフィクションを強制するといった性質を持っています。)
認知革命により、大規模な集団形成が可能になったことで、技術革新が瞬時に共有され、さらなる技術革新を生み出すことが可能になりました。
また、「教えの解釈」や、「ルールを変更」することで、状況に応じて社会的な行動を即座に変更することも可能となります。
その結果、ネアンデルタールは絶滅しましたが、サピエンスは空前の繁栄をするという結果になりました。
こうした話を踏まえた上で、合格した卒業生が「人間の創造性について、この文章を踏まえてあなたの考えを320字以上400字以内で述べなさい。」という問いにどのように答えたか、というものを読んでみてください。
筆者は芸術の起源を、人間の創造性で見えない世界を探る行為に見出し、人は芸術のような「無いのに在るもの」の存在で生を充実させているとした。
人が「無いのに在るもの」の存在を確信している例として、貨幣が挙げられる。
人は貨幣の価値を信じているから、モノやサービスと交換する。
しかし貨幣とはその実、金属や紙という唯の物質に過ぎない。
もし私が無人島で飢え死にしかけている時に一万円札を持っていても、何の役にも立たない。
自分と同様に、唯の紙切れに価値を見出す他の人間がそこにいなければ、貨幣は貨幣として成立し得ない。
このように人間の創造性の興味深い点は、無いはずの価値を創造するだけでなく、更にその創造を集団で共有できる、又は共有しないとその創造が機能しない点にある。
他の動物と異なり地球規模の共同体を維持している人間だからこそ、集団で創造が共有された時、芸術のような巨大な「日常の秩序とはちがう原理」が機能する。
素晴らしい解答です。
人間の創造性について、芸術のような「無いのに在るもの」の存在で生を充実させている例として、世界史で学んだことがしっかり引用できています。
何よりも論理展開が素晴らしい。
課題文を踏まえて自らの歴史の知識を引用できています。
歴史を教えていて自分が目標としていることは、「歴史を使って考えられるようになってほしい」、ということです。
先人たちは多くの失敗と成功を繰り返し、その経験の中から歴史という形で我々後世の者に貴重な経験談を残してくれているのです。
一人の人間の人生で経験できることは限られています。
歴史上には様々な試行錯誤があって、物語があって、成功があって、失敗があります。
その無限の経験から学ぶことができるかどうかということが問われているのです。
そのための訓練として、慶応文学部の小論文の問題は最適です。